ドビュッシー ロマンチックなワルツ、 ラベル 水の戯れ。 ロマンチックな曲たち。

皆さんこんにちは。お元気ですか?

暑くなったり、急に雨が降ったりしますから、外出するときには常に傘などが

必要ですね。

そして人は天気や気圧に、気持ちや体調が左右されやすいのです。

人間って意外と弱いのでしょうか。だって目に見えないウイルスに翻弄されて

いますからね。

 

さて人間は弱いと言ったばかりですが、素晴らしい芸術作品を残すことが

できます。本日の2つの作品は印象派を代表する作品です。

 

ロマンチックなワルツ

 

 

この作品は1890年に作曲されたピアノの独奏曲です。

当時の彼の年齢は28歳でした。

ピアニストになることを諦めて、ピアノ伴奏方のクラスに入ったドビュッシーは

作曲にも挑戦していました。

 

チャイコフスキーとドビュッシー

 

 

1880年の7月、18歳だったドビュッシー はチャイコフスキーのパトロンであった

フォンメック夫人の長期旅行にピアニストとして同伴した。

長期の旅行の間に彼は曲をいくつか書き、「ボヘミア舞曲」という作品をフォンメック夫人の

計らいでチャイコフスキーへ送るが、酷評を受けたという。

また、フォンメック夫人をを通して、チャイコフスキーの最新作であった作品なども

勉強していた。さらにこの旅行の経験が元で「ロシア5人組」に影響を受け、また貴族趣味も

芽生えたとされる。

 

彼はピアニストを目指していましたが、ピアノ伴奏クラスに入ったことが、きっかけで

フォンメック夫人と知り合い、作曲を勉強することができたのです。

人の運命なんてわからないものですね。あるいは初めから決まっていたのでしょうか?

 

さて、もう一つの作品はラベルのピアノ曲です。

 

水の戯れ

 

 

こちらのピアニストの方は、普段はクラシックを弾かない方のようですが、

かなり達者な方ですね。皆さんはご存知ですか? 今はかなり多くの若いかたが

ピアノ演奏を披露されていますね。皆さん小さい頃からピアノのレッスンをしてきたの

でしょう。 そうですねここまで来るにはかなり真剣に練習してきたと思います。

 

モーリス・ラベル

 

 

この作品をかいた時ラベルはパリ音楽院在学中でした。

そして当時の作曲を先生であった、ガブリエル・フォーレに献呈されました。

初演は1902年4月5日、国民音楽協会主催のリカルド・ビニェスのピアノ・リサイタル

において、「亡き王女のためのパヴァーヌ」とともに初演された。

もうこの時すでにかなりの才能を開花させていたわけですね。

 

しかし当時としては極めて斬新な響きのする作品だったためか、複雑すぎるとの

評価が大勢で、作曲家のサン・サーンスの酷評も招いてしまった。

ラベルは他にも水を題材にしたピアノ曲を残している。

 

まとめ

 

この作品の時期はショパンや、リストなど偉大なピアニスト、作曲家が活躍して

音楽の表現をより抽象的なものへと求めて行った時期であると思います。

そして皆、ピアノは相当の腕前であり、そして創作を通して新しい音楽を模索して行った

すごい時代でした。

 

ピアニスト、イコール作曲家、というのは結構以前からそうですね。

バッハも名オルガニストでしたから。

次第に時代とともに、分業化されて作曲する人とピアノ演奏する人が別々に

なっていくこともあります。

 

ジャズなども、作曲と演奏者は同じ人であることがほとんどです。

作曲だけする人はいないようです。

楽器に精通して曲を書いていくのは自然な流れだと思います。

だから私などまだまだ曲なんて書けないのです。

すごいですね。 さあ、まず練習ですね。

 

ではまた。