メヌエット/ベートーベン ・ 子守歌/フォーレ 「ピアノ名曲集」より

皆様こんにちは。お元気ですか?

関西地方の大雨による避難などが、あちらこちらに出ているようです。そして

東京都では緊急事態宣言を8月22日まで再び発令するようで、そんな中いよいよ

2020Tokyo オリンピックが7月23日に開会式を迎えます。

観客数を制限はするものの、集まる人数は約5000人。

外では「外出は控えましょう」と呼びかけていますが、どういうことなのでしょうか?

 

私はテレビで応援いたします。がんばれ!

 

さて、本日はベートーベンとフォーレの作品です。

 

メヌエット ト長調

 

 

この曲はピアノ学習であるならば、弾いたことがある方も多いと思います。

ベートーベンの作品としては、とても愛らしく短い曲ですね。

「メヌエット」とは3拍子の踊りの曲の意味ですが、実際は曲に合わせて

踊るとは限りません。

 

ルードビヒ・フォン・ベートーベン

 

 

ベートーベンは17歳の時に正式な音楽を勉強するために、ウイーンのモーツアルトに

会いにゆきました。その時にピアノで即興演奏をして、モーツアルトに大変褒められた

そうです。ですから、モーツアルトの方がベートーベンよりも14歳年上なのです。

その後ハイドンから作曲法を勉強しました。

 

彼が26歳の時から耳の病気にかかり、31歳の時には遺書まで書いています。これは

「ハイリゲンシュタットの遺言」の手紙として有名です。

 

よくは見えませんが、本人のもちろん直筆で、この遺書を書いて自殺を考えていたそうです。

しかし、思いとどまったベートーベンはその後も作曲を続け、交響曲「英雄」「運命」「田園」

「第9交響曲」や、ピアノソナタ「ワルトシュタイン」「熱情」など不屈の精神で名曲を

たくさん残しました。56歳で世を去るまで、30年間は耳がよく聞こえていなかったわけです。

人生の大半が耳の病気との戦いであったわけです。

 

子守歌(ドリー)作品56

 

 

こちらは独奏ですが、連弾もあります。

やさしい曲ですね。子守歌ですから当然ですが、なんとなく眠くなりそうです。

 

 

こちらは連弾です。

男女の連弾は少ないので貴重な録画ですね。

お二人の演奏している姿を拝見いたしますと、体が緩やかに揺れて

やさしく語りかけるように弾いておられますね。

 

この「子守歌」入っている曲は、「組曲 ドリー」の中の一曲です。

初めの第1曲目が「子守歌」です。

 

ガブリエル・フォーレ

 

 

フォーレの晩年のお写真もあるのですが、どれも大変立派な髭を生やしています。

当時の流行だったのでしょうか。

 

まとめ

 

本日の2曲はいかがでしたか。今日は少し短いですね。

このシリーズは、後1回になります。(おそらく)

その後も色々な企画を考えておりまして、皆さんに音楽に関するお話を

まとめていきたいと思っています。

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャイコフスキー/舟唄  バッハ/パルティータ 「ピアノ名曲集」より

皆さんこんにちは。お元気ですか?

後二週間後にはオリンピックが始まるのですね。

皆さん、盛り上がってますか?

 

熱海の土砂崩れなどのニュースがある中、選手たちは本番に向けて必死に

準備をしているわけです。その選手たちには心から応援を送りたいです。

コロナ感染拡大の中で行われる、歴史上稀に見るオリンピックになるわけですが、

国内でも色々なことが起きていますが、世界を見渡してみても、かなりの飢餓に苦しんでいる

地域があるということを先日新聞で見ました。

 

自分の置かれている環境から考えると、信じられない気持ちですが、今国内でも

コロナのために仕事を失った方が多くおられます。(私個人の周りにはおりませんが、)

昨日も、とあるスーパーの入り口に「フードバンク」コーナーがありました。

もうこのような状況に日本も来ているのか、と思い自分も何か差し出すべきと

考えました。皆さんはどのように感じられますか?

 

では本日のメニューは「舟唄」と「パルテイータ」です。

まずチャイコフスキー の「舟唄」からです。

 

舟歌(四季 作品37b  第6曲 6月)

 

 

夏が到来する6月を描いています。

寒い冬が終わり、いよいよ夏がくるという季節感が感じられますね。

ロシアの冬は酷寒で長いでしょうから、春から夏への季節は一年の中で一番の

楽しみでしょうね。でも少しもの悲しい旋律です。

 

前回のトロイカは11月のテーマでした。

今回の6月のテーマがこの「舟歌」なのです。

1875年から翌年にかけて作曲され1885年に曲集として出版されたそうです。

当時ロシアでは、「ユリウス暦」を使用していたため、それぞれの月の季節感は

現在と少しずれている、とのことです。

 

ピョートル・チャイコフスキー

 

 

彼は28歳の時に「ロメオとジュリエット」序曲を作曲しました。

この曲はアメリカのボストンで演奏されてから、各地で演奏されるようになり

チャイコフスキー は世界的に有名になりました。

35歳で「ピアノ協奏曲 第1番」を作曲し、36歳の頃ヨーロッパ旅行して

ヨーロッパ各地の音楽に大変影響を受けて帰国しました。そして以前から依頼を受けていた

ボリショイ劇場のバレー音楽として「白鳥の湖」をつくりました。

 

チャイコフスキーといえば「白鳥の湖」ですよね!

今回は「ピアノ名曲集」ということで、あまりオーケストラなどがありませんが、

また次には、「オーケストラ名曲集」とか「バレエ音楽名曲集」などと、テーマを

変えて、やってみようかと思っております。いかがでしょうか。?

 

そしてもう一つの作品は

 

パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825 プレリュード

 

J.S.バッハの作品です。

 

 

これはチェンバロ演奏ですね。

バッハが活躍していた時代には今のような、ピアノがありませんでしたので

当時のような響きが感じられて良いですね。

 

この作品はイギリス組曲、フランス組曲とバッハのクラーヴィア組曲集の集大成にあたり

また、バッハの多くの作品の中で最初に出版された曲集です。

「平均律クラーヴィア曲集第2巻」や「ゴールドベルグ変奏曲」などと並んで

クラヴィーア組曲の最高峰と評価されている。

 

パルティータ とは

 

パルテイータとは17世紀から18世紀の器楽曲のジャンルの一つです。

17世紀の間は、この言葉は「変奏曲」の意味で用いられていた。

 

まとめ

 

この後、数曲を残して、このシリーズは締め括ります。

ですが引き続きこのブログを通じて、皆さまに様々な音楽をお届けしていく予定です。

一人の人間が一生の間に聴く音楽の数は、意外と少ないと思います。

ジャンルも偏りやすく、年代によっても、時代によっても違いますが、クラシック音楽は

どのような時代も潜り抜けて生きています。

 

私も若い時はロックやポップスを毎日聴いていました。数年前からジャズを聴き始め

ジャズピアノの練習もはじめ今日に至ります。ジャズをもっと聴きたいですし、またクラシックも

聴き続けていきたいと思っています。

様々な時代を潜り抜けてきたクラシックの存在は、やはり歴史そのもので人類の残した素晴らしい

財産だと思っています。ですからこれからも、守っていかないとなりません。

 

ではまた。

 

 

 

ショパンのノクターン 第2番・バッハの3声のシンフォニア 第1番 「ピアノ名曲集」より

皆さんこんにちは、お元気ですか?

ワクチン接種をまだ受けていない私です。

 

いよいよ7月に入り、オリンピックが始まる月になりました。

感染再拡大の中行われる歴史的にも稀に見る、大会になりますが、

個人的には毎回テレビ観戦ですので、やっぱり応援したり感動したりしたいです。

特に今回は100m男子とか、体操とか観たいですね。

 

さて今日は、ショパンとバッハの作品です。

まずはショパンのノクターンです。

 

ノクターン 第2番 変ホ長調

 

作品9−2です。

 

 

このノクターンは、おそらく一番有名なノクターンではないでしょうか。

そしてフジ子さんの、心に染み入る演奏がすばらしいですね。

 

ショパンが1831年に作曲したピアノのための夜想曲です。

翌年1832年に出版され、献呈はピアノ制作会社のカミーユ・プレイエルの妻

マリーに対して行われた。マリーは作曲家ベルリオーズの元婚約者だったそうです。

 

この楽曲は映画などに使用され、それもまたこの作品を広めたことになります。

例えば、

 

   To Love Again

1956年に公開されたアメリカ映画「愛情物語」の主題曲で、この曲をアレンジしたものでした。

そのほか映像作品やゲームのBGMとしても使用されています。

 

トラステイベル〜ショパンの夢〜

バンダイナムコエンターテインメントから発売されたロールプレイングゲーム。

第5章の題名に「夜想曲」が使われ、作中でもスタニスラフ・ブーニンが演奏したこの曲が

使用されている。

 

などなど、もっとたくさんあります。

特にアメリカ映画「To Love Again」はご存知の方も多いかと思います。

 

 

ショパンの人生

 

ショパンは自分の作品に題名をつけませんでした。

後から出版社などがつけたものはありますが、実際は単純に曲のジャンルと番号

によって区別していました。

彼がパリに住むようになってから、多くの芸術家や著名人と出会い、才能を磨き名士として

認められ、ヨーロッパ中から集まる多くの弟子にピアノを教えることで相当の収入を

得ていたそうです。

 

ショパンがパリで公開演奏会を行うことはほとんどなく、毎年1回300席ほどのホールで

コンサートを行うようになりました。それよりも彼が頻繁に演奏を行ったのはサロンでした。

サロンは貴族や芸術・文化のエリートが集まる場だった。彼はよくパリの自宅で友人との小さな

集まりを開いて演奏するのをより好んでいました。サロンではリストとも一緒に演奏会を

開いていました。

 

3声のシンフォニア 第1番 ハ長調

 

BWV787     J.S.バッハ

 

 

 

バッハが1723年頃に作曲した作品で、この頃彼は聖トーマス教会音楽監督に就任した。

この作品も教育的目的の作品で多数のクラビーア曲が作られた。

現在では多くのチェンバロ奏者やピアニストが演奏や録音を行なっている。

 

まとめ

 

やはりショパンとバッハはいつも、ピアノの名曲として登場しますね。

そして色々な場面でアレンジされて私たちの耳に入ってきています。

特にバッハなどは精神的に落ち着くと言われ、音楽療法の世界でも利用されています。

今ではクラシック以外でも、コンピュータミュージックなどで、落ち着く音楽を聴くことが

できます。目的に応じて聞いてみると良いと思います。

 

ではまた。